【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~ 幕間|空即是色 後編
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~」のサイドストーリー。
前回のおはなしはこちら
本編はこちらから
夏とねねが出会って6年。2人はねねが養子に行くまで姉妹のように過ごした。2つ年上のねねは、「馬鹿」がつくほど真っすぐで、そして喧嘩っ早く、いつだって怒りながらも夏を守ってくれた。
「誰かに頼ろうとするな。自分のことは自分で守れ」
夏はねねと共に身体を鍛えた。重い荷物を担いて岩や木に登り、寺に戻ればひたすら薪を割って過ごす。少しずつ筋肉がついていく夏の腕を、よくねねは嬉しそうに撫でていた。
二人でいればなんだって楽しかったし、「男なんていらない」そう言い合ってよく笑った。口には出さなかったが、男に対して心の傷があるのはお互い薄々わかっていた。
だから心底驚いたのだ。ねねが養子に行った2年後。後を追うように同じ町に養子に行くと、彼女はすっかり別人になっていた。
―新川屋のねねは、下の町の男たちに手あたり次第手を出している
―妻や子がいたとしても、どんなに年老いていたとしてもお構いなしだ
―新川屋のねねには気をつけろ
ー新川屋のねねには気をつけろ
町に着いて飛び込んできた、ねねに関する噂たち。夏は「そんなはずがない!」と新川屋に飛び込んだが、ねねは薄く笑っただけで、「忙しいから」とぴしゃりと目の前で扉をしめた。
「ひさしぶり」の一言もなかった。自分の名前さえ読んでもらえなかった。自分はこの2年間、ねねに会えることをこんなにも楽しみにしていたのに。
「なんで……」
信じられない気持ちで、夏はぼろぼろと涙を流す。
しばらく会わないうちに、ねねはずいぶん大人の顔つきになっていた。真っ赤な紅をさしていた。でもまっすぐな目は、あの時のままだった。
「どうしてなの……?ねね、ねね!」
届かない言葉だとわかっていても、口に出さずにはいられない。夏は茫然と立ち尽くしたまま、店の外でねねのことを呼び続けた。それでも新川屋の扉は再び開くことはなかった。
2年という時間の中で、ねねという人間に影響を与える何かがあったのだろう。冷静になった今ならわかる。
人間は変わる。わたしだってきっちゃんと出会ったことで、「男の人を好きになることができる自分」に変わったのだ。誰かとの出会いは、良くも悪くも想像以上に自分を変える。
夏は麦湯の入った鍋をかき混ぜながら、ぼんやりと町を見渡した。あれから数年。亡き義父の後を継いだ屋台店主も、すっかり板についた。
(今日こそ、ねねが湯を飲みに来てくれるかもしれない)
毎朝淡い期待を持ち、そして夕暮れに裏切られる。でもそれでいいのだ。毎日彼女のことを思って町角に立ち続けることで、存在を感じられるような気がするのだから。
好色なねねだって一向に構わない。むしろ存分にその話を聞いてみたい。どこの誰が床上手なのか、ねねなら笑って話してくれるだろう。八重歯を覗かせながら、おかしそうに肩をすくめて。
そして自分もきっちゃんの話をするのだ。襲われていたところに颯爽と現れ、助けてくれたこと、わたしに対して一度も「かわいい」と言わないこと、きちんと内面を見てくれていること。
だからその日まで自分たちの関係は秘密にしておこうと決めた。ねねが何らかの理由で過去を切り離そうとしているのならば、これから新たに出会い直せばいいのだから。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。