【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~㊸ 樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ漆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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「あのさ、前から思ってたけど喜兵寿って変人だよな」
思ったままをなおが口にすると、喜兵寿が「どういうことだ?」と眉間に皺を寄せる。
「あ、悪い。変人っつーか酒馬鹿だな」
「酒馬鹿か」
その言葉に喜兵寿が吹き出す。
「それはお互い様だろう?こんな状況にも関わらず、お前だって常に『楽しくてたまらない』って顔をしている」
「まじか。気づかなかったわ。でも船漕ぐのは死ぬほど嫌だけどな」
「それは同感だ」
なおと喜兵寿が顔を見合わせ、笑い合っているとねねが大きな酒樽を担いで甲板へとやってきた。
「おや、まだへたり込んでるのかい?夜も更けたしそろそろ酒でも飲もうと思うんだけど、一杯付き合わないかい?」
そういうと酒樽をどしんと下し、枡に酒をなみなみと注いだ。
「お、いいねえ。でもそれ売り物だろう?飲んでいいのか?」
なおが聞くと、ねねは豪快に笑った。
「なおは見た目によらず生真面目だねえ。好きだよ、そういう感じ。意外にこういう男と夫婦になると幸せになったりするもんだ」
その言葉を聞いた喜兵寿は、顔をひきつらせる。
「いやそれはないだろ。こいつと一緒になるなんて苦労するだけだぞ。酒飲んでそこらへんで眠りこける男だ。帰ってこないと思ったら、しょっぴかれて座敷牢にいました、とかありえるからな」
それを聞いて、なおは「はあ?」と言い返す。
「いやいやいや、俺はいい男だろ。たしかに酒癖は悪いけど、喜兵寿みたいに女癖は悪くないからな?付き合ったら基本浮気とかしないし」
「『女癖が悪い』とは聞き捨てならないな。俺は女を傷つけないために、誰とも付き合わないようにしてるんだ。それに関係を持つ前には必ず『付き合う気がない』と伝えている。それでもいいというからまぐわっているわけで、不義理なことはしていない」
「『付き合う気がない』と言ったって、ヤッたらワンチャンあるかもって女は期待するもんなんだよ。本当喜兵寿は女心ってもんがわかってないな~」
「訳のわからん言葉を使うな。お前は女心どころか人の心自体がわかってないだろ」
なおと喜兵寿がぎゃんぎゃん言い合い始めるのをみて、ねねは「はいはいはい!」と間に入った。
「どっちもいい男だよ。ま、そんなことより早く飲もう」
そういって日本酒を手渡す。枡の中に注がれたそれは月明かりを映しており、船が揺れるたびにたぷたぷと揺らいでいた。
「樽酒はね、船で運んでいる間にじわじわと杉の香りが移っていくんだよ。1日目より2日目、2日目より3日目と味が変わっていく。だから下の町では伊丹や灘で造られた下り酒が人気なんだ。下の町の料理にはやっぱり下り酒が一番だ~ってね」
なおは枡にそっと口をつける。枡独特の木香に次いで、ツンっとしたアルコール感とごくわずかだがほんのりとした杉の香りが続く。
「あーたしかにわかるかも」
「1日目の味がわかるのかい?それは鼻がいいねえ」
ねねは嬉しそうにほほ笑むと、ゆっくりと舐めるように酒を啜った。
「うちらの仕事はただ酒を運ぶだけじゃないんだ。赤子をあやすように揺れる船を使った、酒をうまくする仕事なわけさ。だからこうやって船の上で味がどう変わるのかを調べる依頼もくるってわけだ」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。