J-BREWERS にっぽんのクラフトビールのつくり手たち 01_鈴木真也
JBA・1期生 高山です。
ブルワーのパーソナルヒストリーにフォーカスした連載を不定期に展開していく予定です。
よろしければおつきあいください。
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01 鈴木真也 SUZUKI Shinya
ベイブルーイングヨコハマ オーナー&ヘッドブルワー
「海のそばの、小さなビール工場にはでっかい夢があった」
(本原稿は、2012年11月27日の取材に基づいています。文中敬称略)
横浜の港に注ぎ込む大岡川。護岸された都会の川沿いに北側を眺めれば、みなとみらいの観覧車が見える。川の向こうは日ノ出町だ。呑兵衛の聖地・野毛が控えている。JR「関内」の駅から長者町方向に伸びる「伊勢佐木モール」と大岡川の間に吉田町というエリアがある。そこに人気の「ベイブルーイングヨコハマ」はある。
店の前には「ビール工場」の路上看板。横長の窓の下にはライムイエローのロードバイクが立てかけてある。そしてその横にケグ(アルミ製ビール貯蔵容器)がいくつか。街をそぞろ歩く人たちが、ビール工場の文字を眺めてはひととき立ち止まる。それが何度となく。横浜という外に開かれた港町の気質そのままに、人々は新しいものに好奇心を示していく。
このベイブルーイングヨコハマのオーナー&ブルーマスターが鈴木真也氏(32 取材当時)だ。彼はいつも店の前に立てかけてあるロードバイクを駆ってやってくる。左胸にロゴの入った緑のジャージが彼のトレードマーク。
鈴木は、あるとき、NHKの「地球に乾杯」という番組のドイツ特集で、一人の職人がすべての工程を担いビールをつくりあげている姿をみて、ビール職人っていう職業があるんだ!と感動してしまう。ビールは工場の装置が自動的につくり出しているのだろうくらいに思っていた彼の中に、ビール職人になりたいという漠然とした願望が芽生えた一瞬だ。それからすぐにビールに関する本を読みあさってはみたものの、それではぜんぜん物足りなかった。そこで鈴木がとった行動は、行けるブルワリーには直接行ってしまえというもの。神奈川、東京、千葉、茨城のブルワリーを19か所回ったというエピソードがおもしろい。
「まず電話をかけて、『勉強しているんで見学させて下さい』ってお願いして。自転車で行ってたんですが、だんだんと次のブルワリーで『お前か、自転車で回っているヤツは』って知られるようになっちゃって(笑)」
彼はただブルワリーを回っていたわけではない。毎回、履歴書を置いてくるというチャレンジをしていたのである。そのまま音沙汰がなかったり、その場で捨てられたり。どこにも新人の見習いを雇う余裕はなかった。
ただ、横浜ビールだけがイベントの手伝いをさせてくれることになった。やがて欠員が出て、鈴木は正社員となる。ここから鈴木のブルワーとしての経歴がスタートする。
横浜を世界一の
クラフトビールシティに!
「神奈川出身っていわれると違うって言い返すんですよ、オレ、横浜出身だって」
強烈な横浜への愛着は、自身のブルワリーにヨコハマの名前を冠していることからも伺える。そんな彼には目指しているものがある。
「横浜を世界一のクラフトビール・シティにしたいんです」
鈴木は大学時代、工業デザイン科に籍を置いて、その実、グラフィックデザインの勉強をしていた。店の中においてある横浜のクラフトビール・マップは彼がデザインしたものだ。でも彼はデザインの道を選ばなかった。
「結局、自分がつくりたいものがつくれないってことが分かったから。クライアントの意向ってやつで」
22歳の寒い3月に由比ヶ浜のビーチから新潟の直江津海岸まで6日間かけて行ったこともあった。なんとキックボードで、しかもたった一人。なぜそんなことを思いついたのか。
「誰もやってないから」
この一人旅で挑戦する気持ちに腹が据わったと彼は言う。それがブルワリー巡りにつながり、履歴書を置いてくるという押しの強さにもなった。
メニューは日替わり。
それがまた楽しい。
ベイブルーイング・ヨコハマは、横浜ビールでの醸造で収まりきらなくなった彼のエネルギーの発露のような場所だ。カウンターは6~7人でいっぱいだろうか、目の前にタップが並んでいる。その右手には小さなビール工場。仕込みがあるときは、店と工場を鈴木はひっきりなしに出入りする。カウンターの後ろは、2人がけや4人がけにレイアウト変更ができるテーブルとストゥールがいくつか。窓際にも造りつけの小さなカウンターとストゥール。自転車がおいてある外も夜風が気持ちよい時季にはビール好きが集まる場所になる。
ベイブルーイング・ヨコハマのビールは毎日少しずつラインナップが変わる。だからメニューには日付が入る。この日のオリジナルビールはこんなラインナップだ。
「ベイブルーイング・タワーブリッジ」
「ベイブルーイング・ドントストップ」
「ベイブルーイング・ガレナIPA」
タワーブリッジは、英国産の原料にこだわったイングリッシュIPA。上品なホップの香りが楽しめる。IPAとは、インディア・ペール・エールの略でホップをふんだんに使って苦みを強調するタイプのビールのことだ。ドントストップは、プロレス好きの鈴木らしいネーミング。プロレスラー森嶋猛のキャッチフレーズからつけたもので、目指しているのはまさに止まらない旨さ。アメリカ産ブレンドホップ「ザイトス」を使い、さらに温度が下がってから豪快にコロンバスというホップを放り込んでいる。ドライホッピングという手法だ。IPAらしい華やかな香りが楽しめる一杯だが、何倍でも飲み続けられるよう、モルトの甘みが香りの下支えになっている。ガレナIPAは、名前のとおりガレナというホップを使ったビール。柑橘系のやさしいアロマに思わずニンマリしてしまう。口に含むとIPAらしい苦みに支配される。ただ喉を落ちていったあとまで強い苦みを感じるほどではない。バランスに優れたIPAという印象だ。
進化するヴァイツェンを
追いかける。
ベイブルーイングでは他のブルワリーから仕入れているビールもあわせると7種類ほどのビールが毎日楽しめる。この日は、残念ながらベイブルーイングのヴァイツェンがなかった。
カウンター左端にいつも座るその人は、鈴木のヴァイツェンを飲み続けている。
「彼のヴァイツェンは横浜ビール時代から応援してますし、独立してからの彼のヴァイツェンもすべてのバッチを飲んでいます。ただね、2バッチ目のヴァイツェンがどうしても思い出せない(笑)」
ナノブルワリーのビールは醸造量が少ないため、大手に比べれば遙かに短いサイクルで仕込むことになる。その都度、ブルワーには試行錯誤の機会が生まれるといってもいい。次はもっと旨いビールをと彼らはトライを続ける。それゆえ、バッチごとに微妙に異なる表情が生み出される。常連氏はそれを、言ってみれば、楽しみに追いかけている。
これはブルーパブの楽しみ方の一つだと言ってもいい。ブルーマスターとカウンター越しに話しながら、彼の醸し出すビールを通して、その成長の瞬間瞬間を共有していくのだ。
ピルスナー・ウルケルを
超えるビールをつくる!
鈴木はブルーパブをやりたかったわけではない。横浜を世界一のクラフトビール・シティにするために、ブルワーとしての自分自身の目標も定めている。
「横浜ビールのブルーマスターになる前、チェコにビールの修行にいったんです。ピルスナー・ウルケルの生まれた国で勉強してみたかったから。いつか、このピルスナー・ウルケルを超えてやろうって思ってたんで。今でもそれがオレの目標です」
ピルスナー・ウルケルは、言わずと知れたピルスナーの元祖。ラガービールの、つまりは日本の大手がつくるほとんどのビールの、醸造方法の基礎を確立したビールだ。
ピルスナー・ウルケルを一口、口に含んでみると、日本人にはなじみのクリアな爽やかさをもっていることがわかる。が、しかし、喉を通り過ぎていくとき、その骨太なボディに驚かされる。IPAかと思わせるような苦み、ほどよい刺激を楽しませてくれる発泡感。そしてこのビールのアルコール度数が4.4パーセントであることを知って、もう一度驚いてしまう。十分な存在感にもかわらず、日本の一般的なビールよりも低いアルコール度数。原点(ウルケル)の名を冠したこのビールを、鈴木は目標に据えているのだ。
「今の、ウチの設備じゃラガーはつくれないんですよね。もっと大きなタンクが必要だし、珪藻土濾過もできなきゃいけないし」
鈴木はその夢のために第2工場を郊外にもつことを視野に入れている。
彼の言葉の端々に、自信に満ちたエネルギーが感じられる。留まることを嫌って、未知なる次の一歩を考え続ける彼のビールを味わうことは、いわば、彼そのものと向き合うことである。
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さあ、まだナノブルワリーであるうちに、鈴木のもとに足を運ぼう。出会いが早ければ早いほど、彼の進化を目の当たりにできる時間が長くなるのだから。
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BAY BREWING YOKOHAMA
ベイブルーイングヨコハマ
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定休:木曜日
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。