宝塚歌劇作品とビールのペアリング〜「Eternal Voice 消え残る想い」〜
現在、東京宝塚劇場では、宝塚歌劇月組公演「Eternal Voice 消え残る想い(作・演出 正塚晴彦)」「Grande TAKARAZUKA 110!(作・演出 中村一徳)」を2024年7月7日まで上演中だ。
筆者自身、30年以上宝塚歌劇を観ているが、久しぶりにがっつりハマった作品で、宝塚大劇場にも何度となく脚を運んだのだが、東京宝塚劇場にも行ってしまった(宝塚歌劇では同じ演目を両劇場で続演する)。
通常宝塚は芝居とショー作品の二本立てなのだが、今回、ショーはもちろんだが、何より芝居が面白く、なぜか心惹かれるのだ。
まあ、 作品の感想は置いといて、ビールだ。
この「Eternal Voice 消え残る想い」、この物語とマッチするビールを歴史と物語の時代設定から考えていきたい。
目次
「Eternal Voice 消え残る想い」の物語
ザクっと物語を言うと、ヴィクトリア女王統治下の19世紀末イギリス、ロンドン。考古学者であり、アンティークハンターのユリウスはひょんなことからメアリー・スチュアート(16世紀のスコットランド女王)の遺品とされる首飾りを手に入れる。感受性が強いというか、”なにか”を感じ取れる不思議な感覚を持つユリウスは超常現象研究家(この時代のイギリスではそういう心霊やスピリチュアルみたいなものがよく研究されていた。かの、「シャーロックホームズ」作者、アーサー・コナン・ドイルもハマっていた。)を訪ねるが、そこで同じような能力を持った女性アデーラと出会う。メアリー・スチュアートの首飾りをきっかけに、カトリックとプロテスタントの国教争い、ヴィクトリア女王の隠遁、と国の問題まで繋がっていく物語である。
メアリー・スチュアート
この物語で出てくるキーパーソン、メアリースチュアートについて軽く触れておく。
※一応言っておくが、カクテルのブラッディーメアリーの名の由来となったメアリー1世とは別人物である。
ビールのことを聞きたいのに「やんなくていいよ」と聞こえてきそうだが、知っとくとさらに紹介するビールの旨みが増すはずだ。
メアリー・スチュアートはスコットランド女王だったし、フランス王妃だったし、イングランドの王位継承者という、なんだか肩書きの多い人物である。
生後〜フランス
1542年、イングランド王女マーガレットの孫、スコットランド国王ジェームズ5世の娘として生まれる。そして生まれてすぐ、なんと生後6日で王位継承、スコットランド女王に。その後、イングランドがスコットランドを統治下に置こうとする画策から逃れるため、5歳で渡仏、15歳でフランス王太子フランソワと結婚。その後、フランス王妃になるも夫が病死、メアリーはスコットランドに戻る。
さて、この時点で18歳…!
だが、これだけでは終わらない!
スコットランド帰国後、2度の再婚
イングランドの影響もあり、宗教改革でプロテスタント教徒が多くなっていたスコットランド。そこにフランスでカトリック教徒として育ったメアリーが女王として帰国…まあ、国民は困惑する…
そんな中、ダーンリー卿ヘンリー・スチュアートと恋に落ちる。ダーンリー卿はメアリーと同じくカトリック信者。
二人が結婚ともなればカトリックの国王が誕生ってことになり、そりゃ国民も貴族も大反対。
しかし、メアリーは反対を押し切って結婚!
これで、めでたしめでたしとはならないのが、メアリー。
結婚したはいいが、ダーンリー卿は、傲慢かつ野心家、そして女癖が悪い、さらには暴力も振るうという、超絶ヤバいやつだったのだ!
だが、そんな二人の間に息子ジェームズが誕生(ここにも様々なドラマがあるのだが割愛。)。
平穏が訪れるかと思いきや、翌年、夫ダーンリー卿が殺害され、その容疑者とされるボスウェル伯とその事件の3ヶ月後、メアリーは結婚…なんやそれ!って話だが、なんせ、このボスウェル伯、メアリーを誘拐、監禁して結婚を迫ったのだ…おお…メアリー…。
経緯はどうあれ、前の夫を殺害した人と結婚、大スキャンダルで、結果、反ボスウェル伯派の貴族たちからメアリーは幽閉され、わずか1歳の息子に譲位することに。その後、メアリーはエリザベス1世の統治するイングランドに逃れる。
イングランド逃亡後
エリザベス1世にとってメアリーは従妹、もちろん彼女を守ったのだが、ようやくプロテスタント国家としてまとまってきたイングランドなのに、メアリーはカトリックかつ正当な王位継承権を持つ身。
もしカトリック派が彼女を担ぎ出したら、大変なことに…。そこで、対処法として、メアリーの居場所を隠すために各地を転々とさせた。その代わり侍女もつけたりと丁寧なもてなしつきで。
しかし、メアリーはイングランドの王位を欲してしまい、ついに1586年、エリザベス女王の暗殺を企てたバビントン事件に関与した証拠が示されメアリーは処刑に追い込まれる。
フォザリンゲイ城にて、カトリック教徒の殉教の色である真っ赤なドレスに身を纏い、斬首。44年の波乱に満ちた生涯を閉じた。
そして、メアリースチュアートの心臓はフォザリンゲイ城の敷地内、身体はピーターバラ大聖堂に埋葬された。
余談だが、エリザベス1世は結婚せずに生涯を終えたため、メアリーとダーンリー卿の息子でプロテスタントとして育てられたスコットランド王ジェームズ6世が、ジェームズ1世として、エリザベス1世の後にイングランド王になった。なんとも皮肉な話というか…
さて、長くなってしまったが、ビールの話へ。
ペアリングするビール
今回ペアリングするビールはこれ。
Traquair House Breweryの「160 Shilling Ale」である。
なぜこのビールがペアリングとして最適なのか、理由は二つ。
理由1 歴史
先ほどからメアリー・スチュアートの歴史を長々と書いてしまったが、もちろん理由がある。
このビール、メアリー・スチュアートの末裔が作った醸造所のものということだ。
この醸造所がある、Traquair Houseはメアリーがダーンリー卿と結婚した翌年の1566年に訪れており、彼女のロザリオや署名付きの手紙など多数彼女のものも残されているゆかりの地なのだが、それだけではない。
さらに歴史を遡るが、1460年〜1488年にスコットランド王として君臨したのが、メアリーの曽祖父にあたるジェームズ3世。そして、その叔父にあたるのが、Traquair Houseの初代レアード(地主・領主)、ジェームズ・スチュアートなのだ。
Traquair Houseのレアードは代々受け継がれ、現在は21代目、キャサリン・マクスウェル・スチュアート。
つまりはメアリー・スチュアートと血のつながった遠い親戚にあたる。
醸造所としては、1700年代にカトリックのチャペルの真下に増設され稼働していたようだが、そのまま忘れ去られていたところを現在のレアードの父であり20代目レアード、ピーター・マクスウェル・スチュアートがBelhaven breweryのサンディ・ハンターの協力を得て、レシピを開発、醸造所として復活させたのだ。ちなみに、ピーターが娘キャサリンと実際に醸造する1975年の貴重な映像が残っていて、こちらで見ることができる。
理由2 物語の時代
「160 Shilling Ale」の「シリング」とは1800年代にビール税が導入された頃に使われていた、ビールの濃さを表す数値だ。モルトの使用量、アルコール度数によって値段が違っていたために昔の貨幣単位「シリング」が使われていた、ということだ。
この160シリングという値は当時の最も濃厚かつ最も贅沢なビールの値だ。160 Shilling Aleはその当時の最高級ビールを現代に甦らせた2018年の限定醸造のスコッチエールである。
つまり1800年代にスコットランドで飲まれていたビールということだ。
物語の時代設定は1800年代後半である。物語の舞台はロンドンだが、この時代はロンドンもスコットランドもイングランドである。
物語の時代の、しかもクイーンオブスコッツ(しばしばこう呼ばれる)、メアリー・スチュアートゆかりのビール。
これほど最適なビールはないじゃないか!というわけである。
160 Shilling Ale
さて、肝心の味だ。
プルーンのようなどっしりとして少し酸味のある感じに、ほんのりチョコレート。
温度が上がるにつれてプルーン感は強くなる。
独特だが、とても美味しい。
ABV9.5%なので当たり前だが、決してゴクゴクとは飲めない。なんだが、一口飲むたびにアルコールが身体の中を染みていく感じ。
なんというか、氷が溶けてゆくような、暴れる感じではなく、まるで、寄り添う感じなのだ。
華やかではないが、素朴でいて深い味わい。
これは、7/6、7/7の今作のライブ配信を見ながらなど、じっくり飲みたいビールである。
最後に
ちなみに、三ヶ月間のカスクコンディショニングにより、10年の長期貯蔵を可能としているため、後日発売されるBDを見ながらでもまだ先楽しめるな、と何本か購入した。BDになると、やはり生で観るのと違って、変化は楽しめないが、ビールの変化は今後もしばらくは楽しめるというわけだ。
1800年代のビールを今、この現代に味わう、歴史を感じてビールを飲むというのはなんだか、普段とは少し違うビールの味わい方というか、まるで考古学者でありアンティークハンターのユリウスのようなロマンが味わえるのではないだろうか。
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