自社醸造開始から1年。祭醸造は点を線でつなげて「らしさ」を追求中
2023年9月18日。密かに待っていた千葉県浦安市の祭醸造の初自社醸造ビール「門出ペールエール」を飲みに行きました。
なぜ、密かに待っていたのかと言うと、ご縁ができて同年4月から醸造所の近くで仕事をすることになったから。醸造所の紹介をしている者として近くに醸造所があったら「いつ、自社醸造ビールが飲めるようになるのか?」は気になるところです。なので常に祭醸造のInstagramをチェックしていました。
同年5月の醸造免許交付から約4ヶ月。待ちに待ったビールを一口飲んで思ったのが「シンプルなんだけど、麦とホップの香りと風味が複層的に重なり合って深みのある味」で、「あ、これは次回作も飲んでみたい」と祭醸造への関心が強まった瞬間でもありました。
それから約1年。定期的に飲みに行く日々を送る中でファウンダーの伊藤源一さんとヘッドブルワーの牧遼さんに話を聞くチャンスが到来。自社醸造開始から1年が経過して何を思うのか。話を聞きました。
目次
コロナ禍で狂った事業計画
祭醸造の立ち上げは2021年。自社醸造開始まで約2年の時間を要しています。当サイトでは、ビアバー営業が始まった紹介をしています。紹介をしてから「時間がかかっているな」と思っていましたが、その理由について「世界的な新型コロナウイルスの流行により物流に遅れが生じたことで醸造設備が届きませんでした」と伊藤さん。しかし、遅れたことでクラフトビール業界特有のオープンマインドな雰囲気を感じたり、醸造家達の熱量に自分の思いが足りないと感じたりと貴重な時間を過ごすこともできたと言います。
牧さんも「最初は新しい醸造設備に対応するのに慌ててしまうことがありました。この1年、様々な事を経験してできるようになったことは感慨深いですね」と振り返ります。
当初の事業計画からは遅れてしまったため、資金面をはじめとする苦労は色々あったと思います。それでも立ち上げから1年と言う「その時」しか味わう事ができない時間を振り返る2人の表情からは充実感が伺えました。
「祭醸造のビールらしさ」を追求した1年間
そんな彼らが1年間ビールを造ってみて難しく感じているのが「ハレの日にちなんだ、どこか懐かしいドリンカブルなクラフトビール」という製品コンセプトをどのように実現するかです。
「私達がビールを造る上で最も時間をかけるのが『どんなシーンで飲んでもらうのか』です。1stバッチの『門出ペールエール』では、その人その人の門出のシーンに対して、『こういうビアスタイルだとフィットするのではないか』と考えて造り上げたものです」と、どんな場面で飲むのかをイメージして形にしています。
イメージを形あるものにすること自体が難しいと思います。実際にレシピを組んで醸造する牧さんは、「クラフトビールが好きな人とクラフトビールに興味をもってほしい人、両方に喜んでもらえるビール造りを考えています」と、マニアックになり過ぎないようにするが、何か刺さる部分も表現してバランスをとることに悩むと話します。
冒頭に書きましたが、祭醸造のビールは、シンプルさの中に香りや味が複層的になっていて深みがあると感じています。クラシカルなビアスタイルをベースに、クラフトビールに馴染みがない人でも飲みやすい味。モルトやホップといった原料を生かしてキャラクターが分かりやすく、マニア心もくすぐることができる。それが筆者は「祭醸造らしいビール」だと思っています。
ドリンカブルなビールと掲げているブルワリーは数多くありますが、個性を生かしたドリンカブルなビールは表現が難しいです。しかし、祭醸造のビールは飲んでいると自然と伝えたいキャラクターや商品の意図を理解できるのが凄いです。
「そういうところを楽しみながら造るのも『祭醸造らしさ』ではないかと考えています」と伊藤さんは言います。
トレンドだけを追うのではなく、自分達を表現するビールを伝えていく
現在、「門出ペールエール」を含む定番5種類といちごや桃を使用したJUICYシリーズなどの限定シリーズの2つのブランドを軸に展開しています。定番ビールを定めないブルワリーがある中、「点をつなげて線で展開していく」ことを大事にしているため、定番ビールを設けています。
定番の1つである「祝祭IPA」は、色々なIPAを造るシリーズで、新しい品種のホップを使用することもあります。「IPAの枠組みを持ちながら捉われ過ぎないがコンセプトです」と牧さん。限定ビールは、祝祭IPAを飲んだ人達の反応がきっかけになる場合があり、「祝祭IPA」は彼らのビールの幅を広げる重要な役割を果たしています。
この他に「万歳レッドエール」「撫子ブリュットIPA」「柳黒スタウト」の定番ビールがあります。その中で個人的に注目したいのが「撫子ブリュットIPA」です。
「これは、白ワインやシャンパンを意識しています。白ワインの香りと表現されるホップ『ネルソンソーヴィン』とハーバルな香りを持つホップを使用しています。これに糖度が少ないキレのある味わいのブリュットIPAと組み合わせることで、より白ワインらしさを表現しています」と特徴を牧さんが教えてくれました。
「ネルソンソーヴィン」や「ハラタウブラン」は、白ワインを思わせる香りを持つと言われていますが、「もっと白ワインらしさを表現できる方法はないのかな」と思っていました。そんな思いをブリュットIPAベースにすることで叶えてくれたのが「撫子ブリュットIPA」です。すっきりした白ワインらしい香りにシャープな飲み口は、ビールと白ワインの融合を感じさせてくれます。
「『撫子ブリュットIPA』の場合は、ビールが苦手な人でも楽しめる味を追求したいと考えて、色々な要素を足し合わせるだけではなく、引き算の要素で省いてみることで生まれた作品です。私たちの考えを具体化したビールなので定番化しました」と伊藤さん。
IPAと言ったトレンドを押さえつつも、ペールエールやレッドエール、スタウトのようなクラシカルなビアスタイルを1年で祭醸造流にアレンジしてストーリーを表現できることは凄いことです。トレンドを追い過ぎないことに対して「怖さはある」と伊藤さん。確かに商売である以上、造っても売れないのは困ります。信念をもって造っても売り手や飲み手から見向きもされないことは恐怖です。だからこそ、より商品背景を大事にする気持ちを持ち、トレンドではないビアスタイルでも飲んだら「これこれ!」と心の中でつぶやいてしまうビールに育てていくことに力を入れています。こうした姿勢こそクラフトビールだと2人の話を聞いて思いました。
継続することと新しい挑戦。理想実現に向けて歩み続けていく
自分達を表現するビールを1つ1つ大事に育てている祭醸造。自社醸造開始から1年が経過して感じることがあると言います。
「クラフトビールが好きな人達に『どのように届いているのか』が気になっています」と伊藤さん。
牧さんと意見を交わしながら造り上げたビールをブラッシュアップして線にする作業をしていく中で、「まだまとまりを感じることができない」と話します。
このように伊藤さんは話しますが、繰り返し醸造することで、再現性を高めつつ理想とする形に改善している印象を受けます。飲み手からのフィードバックを踏まえながら「あぁ、これだよこれ」と言う反応を得て、成長していくのが祭醸造の今の魅力だと感じています。
今後は「継続して定番や限定を造り、年間44回の仕込みを目指しています。その中でブラッシュアップしたりトレンドを取り入れたりしながら挑戦を続けていきます」と、伊藤さんが言うと、牧さんは「これまでのキャリアで、定番ビールをブラッシュアップする役割を担ってきたことは祭醸造でも生きています。品質を向上させながら、新しいことも取り入れて『馴染みのある味に新しさを感じてもらう』ビールを造っていきたいですね」と話します。
また、牧さんからは「祭醸造のラガースタイルに挑戦してみたいですし、フルーツを使用したビールも色々やってみたいです」という構想を聞くことができました。世界を見てもラガースタイルを造る醸造所が増えている流れがあります。個人的にも彼らが造るラガースタイルには興味があるので楽しみです。
将来的には隣接する行徳地域で新しい醸造所の立ち上げを検討しています。「これは旧江戸川沿いの神輿文化を、ふるさと納税の返礼品として祭醸造のビールを楽しんでもらえればユーザーと地元の双方に喜んでもらえるからです」と新たな挑戦を伊藤さんは考えています。
理想までの点を設けて線でつなげはじめたばかり。ここから先、線で結ばれた景色はどのような形なのでしょうか。1年後、2年後と祭醸造が醸す景色を注目したいと思います。
インタビューの様子はPodcast番組「ビールに恋するRadio」で配信中!記事では掲載できなかった話もしています。
Special Thanks 森下 慶
祭醸造 DATA
住所:千葉県浦安市当代島2-1-27 石長ビル1階
電話:047-722-1441
営業時間:月・水~金15:00~23:00 土・日12:00~23:00
定休日:火曜日
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。