バルセロナが生んだ革新的なクラフトビール:Birra 08が描く地域密着型の醸造哲学 – 創業者インタビュー
サグラダ・ファミリアからバスで15分、バルセロナの新たなランドマーク・グロリアスタワーから徒歩5分ほど。穏やかな街並みの中に、とあるマイクロブリュワリーがあります。その名もBirra 08。2010年の創業以来、バルセロナのクラフトビールシーンを牽引してきました。
彼らは、バルセロナの各地区からインスピレーションを受けたビールや、様々な組織・団体とのコラボレーションビールなど、これまでの枠にとらわれないビールを造っています。今回は、彼らのクリエイティブなビール造りの裏側を探るべく、創業者のお二人にインタビューしました。
目次
大きいビジネスが、「良い」ビジネスとは限らない。Birra 08の創業ストーリー
――なぜ、Birra 08を創業されたのですか?
ジョルディさん:なんでかって?ビールが嫌いだから!というのは冗談で(笑)。
私は、ホームブリュワーとしてビールを造り始めました。その時、自分が造ったビールを友人に振る舞うと、みんなの顔がふわっとほころぶのがわかりました。私は、その瞬間が大好きなんです。「自分たちのビールを通じて、人々が幸せを感じる瞬間を作ること」が、Birra 08を創業した主な理由だと思っています。
――創業した当時(2010年)、滑り出しは順調だったのでしょうか?
ジョルディさん:いやいや、かなり厳しかったです。そもそも、私たちはバルセロナで初めてのマイクロブリュワリーのひとつです。当時から、スペインはヨーロッパ国内屈指のビール消費量を誇っていました。ただ、一般に流通しているのは大手メーカーが造る加熱殺菌されたビールでした。
そのため、人々は私たちのビールの質の高さは理解してくれましたが、「普段のビールの2倍の金額を払って、なぜこのクラフトビールを飲まなければいけないのか?」という反応でした。やはり、新しいものを受け入れるのは誰だって難しいでしょう。
――そのような状況から、どうやってビジネスを拡大してきたのでしょうか?
ジョルディさん:私たちが目指したのは、「拡大」の正反対かもしれません。ビジネスの拡大を狙って大きな一歩を目指すよりも、手の届く範囲のことを着実に進めるようにしています。
なぜなら、大きな一歩が、必ずしも良い一歩だとは限らないからです。
大きな一歩を目指してばかりいると、ビールの質が落ちたり、価格を上げたりする必要があるかもしれません。そうすると、私たちのビールを好きでいてくれた人々はどう反応するでしょう?さらに、自分たち自身も苦しくなってしまいます。
重要なのは、生き残ること。次世代にバトンを渡すことです。
――ありがとうございます。無闇にビジネスを拡大しようとするのではなく、目の前のことを着実に進めてこられたんですね。
大切なのは、量より質。ラインナップを27種類から5種類へ
――次に、ビールについて詳しく教えてください。製造工程のこだわりはなんでしょうか?
ジャウメさん:自然なプロセスでビールを造るようにしています。第一に、私たちのビールは濾過をしていません。そのため、ボトルの中に酵母が残り、豊かな味わいを保てます。また、製造工程で人工的に炭酸を加えたり、化学薬品を使ったりもしません。
――なるほど。酵母の味わいを最大限に生かすのですね。Birra 08では、何種類のビールを造っているのですか?
ジョルディさん:2016年には27種類のビールを造っていました。ですが、主に醸造しているのは5種類のみです。販売する種類の多さよりも、質の良いビールを造ることが重要だと考えています。
多くの種類のビールを造ろうとすると、どれも似通ってしまう。私がよく言うのは、メニューの中にトマトスパゲティと、ミートボールトマトスパゲティと、ベーコントマトスパゲティと、ミートボールベーコンスパゲティがあるみたいに(笑)。そのため、私たちはバルセロナの地区の名前を冠した5種類のビールに注力しようと決めたのです。
地域密着だからこそ生まれた、バルセロナを体現するビール
――新しくビールを造る時、どうやってインスピレーションを得ていますか?
ジョルディさん:ここ、バルセロナからインスピレーションを得ています。なんといっても、私たちはバルセロナに拠点を置くクラフトビールメーカーです。バルセロナの人々や生活、歴史、地区ごとの特徴など、多くの知見があります。その知見を生かして、ビールを造っています。
――もう少し詳しく伺えますか?
ジョルディさん:せっかくなので、私たちがメインで醸造している5つのビールについて紹介しますね。
私たちの社名にもある「08」の由来を知っていますか?「08」は、バルセロナの郵便番号の上二桁。そして私たちがメインで造っているビールは、バルセロナの各地区からインスピレーションを受けています。そのため、ビールごとに各地区の名前がつけられ、ラベルにはその地区の郵便番号が書かれています。
最初に作ったのはこの エル・クロットというビール。私たちが拠点を構えるこの地区です。私たちはまず、この場所を体現するようなビールを造りたいと考えていました。
そこで、この地区を象徴するものを考えてみると、かつてここにはバルセロナ最大の製粉所がありました。バルセロナの食は、エル・クロット地区によって支えられていたと言っても過言ではありません。そこから着想を得て、モルトの風味豊かな、伝統的なイングリッシュ・ペールエールを造りました。
2本目は、バルセロネータ。ビーチがある場所ですね。飲んだことはありますか?
――あります。まさにバルセロネータ!という味でした(笑)。スッキリ軽くて、柑橘系のフルーティーさを感じる爽やかな一杯で、ごくごくと飲めました。
ジョルディさん:その通り!(笑)もし目を瞑って飲んだとしても、バルセロネータを表現しているのがわかるでしょう。暑い日にビーチに行き、海に足を入れて飲む。そんな状況にぴったりなのがこのビールです。アルコール度数も2.8%なので、酔いすぎることもありません。
3本目はサグレラ。隣の地区ですね。この場所の特徴は、たくさんの教会があること。古くから、聖なる場所(カタルーニャ語でSagrat、英語でsacred)として知られています。また、教会の近くに農家があり、柑橘系の果物や穀物の生産で有名でした。そこで、穀物と柑橘の風味を生かしたビールを造ろうと思い、生まれたのがこのアメリカン・ペール・エールです。
4本目はグラシア、IPAです。
IPAは、革命的なビールといえるでしょう。もともとは、18世紀にイギリスで生まれましたが、人気に火がついたのは1980年代のアメリカでした。さらにヨーロッパでは、2007年にスコットランドでBREWDOGが創業。彼らが造ったパンクIPAは、エッジの効いた味わいにより人気を得ます。それまで大量生産されたビールが主流でしたが、少しずつクラフトビールが受け入れられるようになったのです。
そして、バルセロナで最も革命的な地域は、グラシア地区です。
かつてグラシア地区は、一つの独立した村でした。1897年にバルセロナに統合されると、これまでになかった新しい文化を持ち込みました。一味変わったバルセロナを楽しみたいと思うなら、グラシア地区をお勧めします。
また、歴史的にもグラシア地区は革命的な場所といえます。1909年頃、スペイン政府が植民地戦争のために予備兵の召集を決めた際、大きな抗議活動が起きたのもこの場所でした。こうした背景から、IPAをグラシアと名づけることに決めました。
――なるほど。確かにグラシアはおしゃれで新しいものを取り入れる街、というイメージでしたが、100年前に抗議活動があったのは知りませんでした。最後の1本はどのようなビールですか?
ジョルディさん:そして5本目はブラウンエール。これは、アシャンプラと名付けられました。
ブラウンエールは、醸造の難しいビアスタイルのひとつだと考えています。ホップとモルトのバランスや、使用する水の種類など、細やかな注意が必要です。ブラウンエールを造ろうと思うなら、合理的・論理的な思考が必要です。バルセロナで合理的・論理的な地区といえば、アシャンプラ地区でしょう。
参考:タイムアウト東京「バルセロナが「スーパーブロック」で実現するポスト車社会の未来とは」
以上がメインで造っている5種類のビールです。そして、私たちにとって何よりも大切なのは、私たちのビールを通じて人々がつながることです。
――私も1年ほどバルセロナに住みましたが、それぞれの地区とビールの結びつきにとても納得しました。
コラボレーションが生む、唯一無二のビールたち
――Birra 08では、上記の5種類以外のビールも造られていますよね。そちらについても詳しく教えていただけますか?
ジョルディさん:5種類のビール以外に造っているのは、通称ラボラトリー・ビール。その名の通り、既成概念を崩すような実験的なビールを、数百本程度の小ロットで造っています。例えば、このブラックホップポーターやハーブを使ったビールなど。ラボラトリー・ビールは、基本的には百数十本程度の小ロットで造っています。
――すごい!珍しい原材料を使ったビールばかりです!また、これ以外にも様々な団体や組織とコラボレーションして造ったビールもたくさんありますよね。コラボレーションを始められたきっかけを教えてください。
ジョルディさん:バルセロナという街では、常に様々な取り組みが生まれています。素晴らしいプロジェクトに出合うと、コラボレーションせずにはいられません。例えば、このMescladísもそうです。
Mescladisは、主に就労が難しい移民の人々に、ウェイターやキッチンアシスタントの職業訓練の機会を提供するNGOです。事業の一環としてレストランを運営しているので、「じゃあ、そのレストランのためのビールを造ろう」となり、このビールが生まれました。
――他にも印象に残っているコラボレーションビールはありますか?
ジョルディさん:PARC DES LES OLORSとのコラボでしょうか。
彼らは、工業化に伴って使用されなくなりつつある伝統的な食用植物(花や香辛料など)を保護する団体です。
例えば、私たちがバジルを使わなくなったら、バジルの存在自体が忘れられ、バジルという種が消え去ってしまいます。彼らは、そうした食用植物を次世代に残すために活動をしているのです。他にも、ポッドキャスト番組とコラボした例もあります。
バルセロナとともに造る、クリエイティブなビールを追い求めて
――ジャンル問わず、様々な団体・組織とコラボレーションされているのは、どういった思いがあるのでしょうか?
ジョルディさん:私たちも、他のブリュワリーとコラボすることもできます。それも素晴らしいですが、どうしても既存のビールと似通ってしまう可能性がある。私たちは、今までとは違った切り口のビールを造りたいのです。
例えば、Diablesを知っていますか。
私たちは、彼らからインスピレーションを受けて、スモーキーなエールを造りました。ただ、他のブリュワリーは、そうした実験的なビールは造らないかもしれない。売れない可能性があるからです。
ですが、コラボレーションの醍醐味とは、これまでには世の中に存在しない、全く新しいタイプのビールを造れることではないでしょうか。私たちは、クリエイティブなビールを造りたいと思っています。
――なるほど。確かに、Birra 08のコラボレーションから生まれるビールは、他にはない材料や味わいのものが多いですよね。
――では、最後の質問です。多くのコラボレーションビールを手がける中で、大切にされていることはなんですか?
ジョルディさん:やはり、コラボレーションの過程で生まれる感情でしょうか。コラボレーション相手と話し合う中で、彼らの特徴をどのようにビールに落とし込めるのかを探っていきます。だからこそ、私たちのコラボレーション相手は、他のブリュワリーや飲食関係の人々にとどまりません。バルセロナで出会う、多様な組織やプロジェクトとも新しい挑戦ができるのです。
――ありがとうございます。私もBirra08のクリエイティブなビールが好きだったので、大変興味深く伺いました。本日はありがとうございました!
インタビューを終えて
バルセロナという都市や、そこに住む人々への誇り、そしてクラフトビールへの愛を感じました。また、地域に根付くブリュワリーとして、さまざまな人・組織とコラボレーションしながら、バルセロナをもっと面白くしていこうという姿に胸を打たれました。
そうしたお2人の姿から、クラフトビールは単なる飲み物である以上に、人と人をつなげたり、垣根を飛び越えたり、文化や歴史、想いを伝えたりする存在ではないかと感じています。
皆さんも、もしバルセロナに行く機会があればぜひBirra 08のビールを手に取ってみてください!
公式Webサイト:https://birra08.com/en/
販売場所の一覧:https://birra08.com/en/wholesale-points-sale/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。