帰りたくなくなる浦賀のオアシス! WHITE DOG BREWINGで心の底から満たされる
「もう一杯飲んでもいいですか?」
浦賀にあるWHITE DOG BREWING(以下:白犬麦酒)で、わたしはその日数回目のこのフレーズを口にした。別に杯数制限があるわけでも、店主が怖くて注文しづらいわけではない。
これで最後と決め、「これを飲んだら帰りますね。次こそ絶対に」と宣言するのに、飲み終わるころにはどうしてももう一杯飲みたくなってしまう。この店にある、そんな魔法が故の言葉だ。
わたしはその日、一杯だけ飲むつもりで横須賀の浦賀駅近くにある白犬麦酒を訪れた。
2024年2月にオープンしたばかりのお店はピカピカで、ドアを開けると清潔な木の香りがふわりと出迎えてくれる。店奥にある、どっしりとしたタンクたちとスタイリッシュなインテリアたち。
おしゃれな空間なのに、とにかく空気が柔らかく、入った瞬間に居心地のよさがわかるお店だ。
その柔らかな雰囲気の理由はすぐにわかった。
店主の人柄がいいのだ。静かで穏やかで、そしてほっこりと温かい。絶妙な距離感で見守ってくれるあの心地よさと、「こんなものあるんだよ」と次々に紹介してくれる感じ。それは近所の遊び上手なお兄ちゃんの家に行った時の、あのわくわく感によく似ていた(わたしにはそんなお兄ちゃんはいなかったし、完全な妄想なのだけれども)
そしてなんとこのお店、犬と一緒に訪れることができる。散歩ついでにクラフトビールを補給できるという、なんとも天国のような場所なのだ。
今日は夜からオンライン飲みの約束があるし、犬も一緒だからサクッとで後日改めて飲みに来よう……そんなことを思いながら、メニューを眺める。
メニューには、様々なビールがずらりと並んでいた。
オリジナルビールは4種類。ペールエールにヘイジーIPA、アップルIPAとカリフォルニアコモン。1杯だけのつもりできたけれど、ラインナップを見て2杯飲むことに決めた。わたしの好きなビアスタイルをこうも揃えられたら、飲まないわけにはいかない。
一杯目は「浦賀ペリーエール」を注文した。浦賀はペリー来航の地。ペールエールとペリーをかけるとは、なかなかシャレが効いている。浦賀近くに住み、黒船来航の小説を書いている身としては、まずこれを飲まずには始まらないだろう。
手渡されたぺリーエールは、とにかく美しかった。丁寧に造られましたよ~と全身から光を放っている感じ。
その味わいはキリっと引き締まっていて、身体の中をするすると流れていくようだった。どちらかといえばモルトをしっかり感じるペールエールの方が好みなのだけれど、暑い中ふうふう言いながら歩いてきた身体は、「そうそう!これこれ!」とこのビールを全力で歓迎して盛り上がっていた。
聞けばこのビール「クラフトビールにあまり馴染みのない浦賀民でも飲みやすいように」と開発されたものだという。柑橘感に足されたクリスピーさと苦み。普段酎ハイやサワーを飲む人でも楽しめて、ビールの表現の豊かさを知ってもらえるように造られているのだ。
クラフトビールに馴染みがありすぎる&ビールを熱望していたわたしの身体に、ペリーエールはあっという間に吸い込まれていった。名残惜しさを感じつつ、続いては「タイガーダンスIPA」を注文する。
タイガーダンスの名前の由来は、横須賀の民俗芸能「虎踊り」だという。ちなみに虎踊りとは、獅子舞のように虎を被って暴れるように踊る踊りとのこと。知らなかった。ビールを飲むことで今日もまたひとつ賢くなってしまった。
虎踊りは見たことがないけれど、タイガーダンスIPAは確かにホップが舞っているような味わいのヘイジーだった。飲み疲れないように度数は控えめ。香りもぐっと抑えめではあるのだけれど、ホップがふわりふわりと踊ることで、その行間を楽しむことができるような味わいなのだ。白ブドウやパッションフルーツ。それらの存在を確かめているうちに、気づけばグラスの中身はなくなっていた。
今日は2杯と決めてはいたものの、気づけば3杯目を注文していた。「サクゴリラIPA」という、どうにも気になる名前なのだから仕方がない。
サクゴリラIPAは青森にある中田農園さんのりんご果汁を使ったIPA。ちなみにサクゴリラとは店主の息子さんで、中田農園さんのりんごが大好物なことからこの名前をつけたのだという(かわいい)。
120キロものりんごを入れたIPAは、まさにりんごの香りだった。グラスを近づけだけで、りんごのきゃぴきゃぴした騒ぎ声が聞こえる。でもそのりんご感は口の中ではすうっと消えるのだ。
「おや?!どこ行った?」とびっくりしていると、しばらく後に余韻で輪郭だけりんごが現れる。なんというりんごイリュージョン。手に入れたと思ったらするりとすり抜ける。探すのをあきらめようと思った瞬間に、遠くからうふふふっと微笑みかけてくれる。このビール、完全に恋愛上級者のような動き……!
結局わたしはりんご小悪魔の魅力にまんまとやられてしまった。様々な表情を見てみたくて、温度を上げてみるべく両手で包んでみたり、鼻からふんふんと息を吐いてみたり。ネルソンソーヴィンもいい仕事をしていて、とにかくわたしのときめきを刺激してくる。気づけばわたしは「サクゴリラIPA」に心を鷲掴みにされていた。
もうこのあたりから酔いは確実に回ってきていて、恋愛におぼれた人のように語彙力をなくしていった。口から出てくるのは「おいしい」「かわいい」「うれしい」「すき」ぐらい。でもそんな状態こそが幸せというものだ。わたしは「えへへ」はにかみながらと次のビールを注文した。
「もう一杯飲んでもいいですか?」
4杯目は「Steam Dock」。カリフォルニアコモンだ。
普段あまり飲まないビアスタイル。わたしは時計を見つつ、「これをサクッと飲んで帰れば間に合うな」とビールを口にした。
……瞬間に衝撃が走った。
なんだ!?このおいしいビールは!
カリフォルニアコモンはラガー酵母を使うが、エール酵母並みの温度で醸すビールだ。それは知っていた。でもこんなに好みにドンピシャだったという記憶はない。
キリっと流れたかと思いきや、力強くモルトの香りが広がる。重厚で美しい建築物をうっとりと眺めるような、そんな感覚。モルトもホップ、すべてが完璧な場所に収まっていた。
人は自分の新たな味覚について知ると、ひどく興奮するものだ。わたしは震え、ビールの写真を何枚も撮った。そして「これは絶対に定番から外さないでくださいね!」「これを毎日飲みたいから缶にしてくれ」と店主に懇願し、ぺろりとグラスを空けた。
約束の時間ギリギリなのはわかっていた。犬はおとなしくしてくれていたけれど、今は散歩中でうっかり2時間経っているのもわかっていた。それでも言わずにはいられなかった。
「もう一杯飲んでもいいですか?」
5杯目に飲むおかわり「Steam Dock」も、変わらずとってもおいしかった。身体にアルコールはたっぷり染み込んでいるはずなのに、全然飲み疲れていない。舌はまだまだ元気で、一口ごとに「これこれ!」と喜ぶ。
飲みながらつまんだ、バターたっぷりの焼き菓子「ウラガメイト」もよかった。
ざっくざくで塩味が効いていて、カリフォルニアコモンというビアスタイルのために生み出されたかのように、このビールに合った。これを20個買って帰る人がいる、という店主の話に、首がもげるほど頷く。それほどにウラガメイトもわたしの心を鷲掴みにした。
気づけばオンライン飲みの開始時間5分前だった。
時間を気にしていたはずなのに、時空がゆがんだとしか考えられない。どんなに急いでも20分はかかる距離を走りながら、わたしは思った。次は散歩で立ち寄っても、ちゃんと1杯で帰ろうと。でもきっとまた、同じようにこの言葉を何度も口にすることになるのだろう。
「もう一杯飲んでもいいですか?」
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