【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 63~樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾捌
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
翌朝はぴかぴかの晴天だった。雲一つない、抜けるような青空。
秋の気配が混じる気持ちのよい朝、樽廻船は堺を目指して出航した。たくさんの人の見送りに(中には拝んでいる人さえもいた)大声でお礼を叫ぶ乗組員。それらはしばらく続き、それはそれは賑やかな船出だった。
そこから船で進むこと5日間。
新川屋の樽廻船は風にも天気にも恵まれ、無事堺港を目視できる位置まで到着した。
「うおおおお!ついに着いたか!」
港が見えた瞬間、どっと歓声が上がる。中には目に涙をためてガッツポーズをしてるものさえおり、船上はまさにお祭り状態だった。
ねねはそんな皆の姿を微笑みながら眺めつつ、皆から離れた場所で煙管に火をつけた。もう四半刻(30分)もしないうちに着港するだろう。
「やっと到着か。でもまだまだ先は長いねぇ」
ねねは煙と一緒に長いため息をつくと、手元の帳簿に目を落とした。
「井上屋に大和田屋、伝蔵屋に政屋……ったく痺れる面子が揃ってるじゃないか」
堺の商人はとにかく金にうるさい。生きるか死ぬかという状況だったと言え、情に訴えたところで素直に「仕方ない」と言ってくれるはずがない。
『ほんまに積み荷を海に投げ捨てる必要あったん?』
『ほんまに他に方法はなかったんか?どれくらい捨てたらええか、ちゃんと計算したんか?』
ねねは事情を説明することを想像し、再び大きくため息をついた。
「さっきからため息ばかりだな。幸せが逃げるぞ」
顔をあげると、喜兵寿が煙管を咥えて立っていた。
「まあなるようにしかならんだろ。俺らも堺の商人町に用があるわけだし、一緒に行こうぜ」
まっすぐ港の方を向いたまま、喜兵寿はいう。
「金は出せないが、なんかしらの手助けはできるだろ。実は腕っぷしには割と自信がある」
そういって腕まくりする喜兵寿を見て、ねねは思わず噴き出した。
「そんなひょろひょろの真っ白い腕でよく言うよ。甚五平の半分もないじゃないか」
「いや、腕が太いからといって強いわけじゃないからな?こう見えて柔術だって少しやっていたんだ」
「わたしだって夏を守るため、今まで剣術をやってきたからね。そんじょそこらの奴には負けないよ」
そういってねねは筋肉のしっかりとついた腕をまくって見せる。うっと言葉に詰まった喜兵寿をみて、ねねはカラカラと笑った。
「でもその気持ちが嬉しいよ。商人町までよろしく頼むね」
風は向かい風。樽廻船はバタバタと帆をはためかせつつ、ゆっくりと港へと入っていった。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。