[コラム]2024.9.18

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 64~樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾玖

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です

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船場から堺へ出る道、堺筋。人通りが多く、国内外から多くの商品が集まるこの道は、堺を「商人の町」と言わしめるだけの圧倒的な賑わいがある。

「さすが『天下の台所』だなあ~!」

樽廻船を下船し、堺筋を歩きはじめたなおは、片っ端から商店に顔を突っ込みながら歓声をあげる。

「ほら見ろよ!大阪寿司って看板でてるぜ?お、四角い寿司じゃん。下の町の寿司はやたらでかいサイズでビビったけど、こっちのは押し寿司みたいな感じなのな」

「水なす漬けだって!俺、水なすの漬け物好きなんだよな。そっか、これ大阪発祥の食べ物だったのか」

そんななおの後ろを、ねねと喜兵寿は並んで歩いていた。最初は土地感のあるねねが先導して歩いていたのだが、なおがあまりにもあちこち動き回るため、しかたなく見守る形で後をついて行っているのだ。

「なあ喜兵寿、先ほどからなおは一体何を話しているんだ?よくわからないことばかり言っているようだが……」

「さあ、俺にもよくわからん。あいつは遠くの町から来たようなのだが、だいぶ食文化が異なる場所のようでな。見るものすべてが珍しいのだろう」

「ふふ。おかしな男だな。まあなんにせよ、余計なことを考えずに済むのはありがたい」

ねねは少し緊張の解けた顔でほほ笑んだ。

「しかしお前たちは急ぎの旅なのだろう?時間は大丈夫なのか?」

3か月以内にビールを醸造しなければ屋敷牢に入れられる。すなわちそれは「死」であり、一日一日とその期日は迫って来ていた。

同心との約束から今日で20日目。嵐に遭遇するという予想外のことがあったとはいえ、ここまで船旅で15日以上使ってしまっている。醸造のことを考えると「ほっぷ」なる草は出来る限り早めに探したかった。

だとしても肝心のなおがあの調子だ。急げと神経質になったところで言うことを聞くような男ではない。まだ知り合って間もなかったが、なおの性格はすでに手に取るようにわかった。あの状態になったらしばらくは放置するしかないだろう。

喜兵寿は「急ぎの旅なんだがな」と困ったように笑いながらいった。

「まあ、なんとかなるだろう。それよりそっちは時間大丈夫なのか?商人たちを集めて会合を開かなければならないんだろう?」

「船が到着したことは商人たちの耳に入っているだろうからね。そろそろ噂が広がってざわざわし出す頃だろうよ。でもまあ、こちらもなるようにしかならないさ」

お互い大変だな、という顔で喜兵寿とねねが話していると、前方からなおの大きな声が響いた。

「お~い、くるみ餅だってさ!ちょっと一服していこうぜ」

見るとそこは茶屋で、「くるみ餅」と書かれた浅葱色の旗がはためいていた。店先の長椅子では、男たちが壺のような陶器に入った餅をうまそうに頬張っている。

下の町では砂糖を貴重品。甘味と言えばせいぜい干し柿や蜂蜜、水飴やさつまいもといった類で、砂糖を使った食べ物はほぼ目にすることはない。砂糖はその希少性から「不老不死の薬」や「病人のための薬」として薬屋で高値で販売されていた。

しかしここ堺は商人の町。中でも砂糖を扱う砂糖商人も多く、平民でも少し頑張れば砂糖を使った菓子などを食べることができた。

「くるみ餅か!いいな」

喜兵寿となお、ねねは3人で暖簾をくぐった。

「おいでやす」

出迎えてくれたのは夏に良く似た若い女性だった。背格好から声までそっくりだ。喜兵寿は横でねねが身体を固くするのを感じ、思わず噴き出す。

「あら、かっこええお兄さんにべっぴんのお姉さん。うちのくるみ餅はむっちゃ美味しいわよ。ぎょうさん買ぉてってね」

店の中で餅や餡を作っているのだろう。奥の部屋ではもうもうと湯気が立ち込め、甘い匂いが充満している。品書きはくるみ餅一択で、どうやら餅の数を選んで注文する仕組みのようだった。

「甘いもんなんて久しぶりだなあ。なあ、喜兵寿!いくつ買ってくれる?俺いまめっちゃ腹減ってるって気づいたわ。山盛り食べたい気分」

なおがよだれを垂らしそうな顔で見てくる。

「それが人にものを奢ってもらう態度か?」

「……くるみ餅をオゴッテクダサイ。オネガイシマス」

「うむ。よろしい。でもそんなにたくさん買えるほど裕福じゃないからな。一人前だ。ありがたく食えよ」

「ハイ」

「あとねね、ここは俺が奢るよ。無理言って堺まで乗せて来てくれたお礼だ。っといっても到底足りるようなもんじゃないから、残り分はまた必ず」

「あら、ありがと。別にそんなもんいいのに」

喜兵寿は夏似の店員に声をかける。

「くるみ餅を3人前おくれ」

「おおきに」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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