【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 72~クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ陸
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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「俺は人を笑顔にしたいからかな!」
なおは徳利をのぞき込みながらいった。最後の一滴まで飲みたいのだろう、角度を変えながらその中身をお猪口にあけている。
「うまい酒の下には人が集まって、それが渦の中心みたいになって、ぐるぐるぐるぐる会話や笑いが広がっていくだろ。つまり酒には幸せを生み出す力があるわけ」
なおは空中に大きな渦を描きながら言う。
「特にビールは人を笑顔にする力が強い気がするんだよ。だから俺はビール造りをしてるわけ。あ、あとは造るのめっちゃ楽しいからかな」
なおの満面の笑みに、小西は少しだけ面食らった顔をした。そしてその嘘偽りのない、本心からの言葉にクスリと笑う。
「そうか、楽しいのか。それで?そのびいるとは何なんだ?」
「お!にっしー今日初笑いじゃん!いいね!」
なおは小西に対し「うぇーい」とハイタッチをすると(もちろん小西は応じなかったが)、ビールについて話はじめた。
ビールとはどんな酒で味わいなのか。そして自分たちはそのビールを造るために旅をしていて、3か月以内に造ることができなければ殺されること。
小西は表情の読めない顔で聞いていたが、後半になるに従い、その表情はどんどんと曇っていった。
「……嘘のような話だな。なぜびいるを造れないだけで、殺されなければならないんだ」
「本当、おかしな話だよなあ。でもそんな約束になっちまったんだよ~」
「それで樽廻船に乗って、あるかわからない原材料を探しに遥々ここまで来たと」
「そうそう!それな」
「なんと無謀な……」
なおと小西の話を聞きながら喜兵寿は煙管をくゆらせていた。この騒動に巻き込まれ、気づけばここまで来たわけだが、客観的に聞いてみれば改めておかしな話だと気づく。
しかし相方であるなおのあっけらかんとした態度によるものなのか、はたまた自分の酒への探求心が強すぎるからなのか。どこをどう探したとしても「びいる造り」に対する不満は見つけられなかった。数か月前に戻れるとしても、自分は「びいるを造る」という選択肢を選ぶだろう。
「それでここには何を探しに来たんだ?見つかりそうなのか?」
小西が未だに腑に落ちないという顔でなおに聞く。
「ホップって草。ビールに苦みや香りをつける植物なんだけど、えっと別の名前なんだっけな……」
「ああ、ほっぷか。ほっぷなら道修町薬種屋仲間にあるから持っていけばいい」
「そうそう、道修町薬種屋仲間にあるんだよ。でも中にすら入れてくれなくてさ」
「だから持っていけばいい」
「だから入れてもらえないんだって……って、ひょっとしてにっしー中に入れる人?!」
そのやりとりを見ていた店主が「小西様、ぼちぼち説明をしたったらどうでっか?」
と笑いながら追加の酒を運んできた。
「この方は堺商人・小西吉右衛門様。道修町薬種屋仲間はこの方がつくった団体やで」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。