【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 73~クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ漆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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店主の説明に、小西は「いらんことを……」とぶすっとした顔をする。
「別に大したことはない。ワシはただ唐物が好きでそれを生業にしているだけだ」
「ええええええええええ!!!」
直と喜兵寿は思わず叫ぶ。何か情報が手に入れば、と思ってはいたが、まさかこんなにもタイミングよく本人と出会えるなんて思ってもみなかった。
「ちなみにこの酒も小西様が造った酒やで」
店主が手元の徳利を持ち上げる。
「ええええええええええ!!!」
直と喜兵寿は再び驚き、叫んだ。
「まったくお前はぺらぺらぺらぺら話おって!」
そういうと小西は「厠!」と立ち上がり、ズンズン店の奥へと消えて行ってしまった。
状況を理解できずに目を白黒させているなおと喜兵寿を見て、店主が申し訳なさそうにいう。
「驚かせてしまってすんまへんね。ここも小西様がやっているお店でして。あの方があんなにも喜んでいるお姿を見たのは久しぶりで、ついつい口を挟んでしもうて」
ちらりと表情を変えたときはあったが、そんなに喜んでいたか?!咄嗟に浮かんできた言葉をごくりと飲み込み、喜兵寿はいう。
「そんなにも身分が高い方だとはつゆ知らず……ご無礼をお許しください」
「いやいやいや!小西様は今日の宴をほんまに楽しんでおいでます。どうか先ほどと変わらず飲んでいただけまへんか?でなければこっちが怒られてまう」
聞けば、ここ堺で小西は圧倒的な権力を持つ人物として恐れられる存在であり、誰一人として気軽に話しかけてはこないのだという。その風貌や纏う雰囲気、身分から様々な噂が飛び交い、「近づいてはいけない人」になってしまったのだ。
「ほんまは優しい方なんやけどね。酒を造り始めたのも、『うまい酒ができたら、町の人と一緒に飲めるかもしれない』っていうことかららしいですし」
店主は運んできた徳利を二人に渡す。
「めっちゃ研究して、腕利きの職人を呼んで、一緒に造ったのがこの酒ですねん。せやけど小西様の店で粗相は絶対にできない。あそこで酒なんて楽しめるわけあらへん、と町の人々に嫌煙されてしまって……正直全然お客さん来んでね」
どうりでかきいれどきにも関わらず、誰一人店に入ってこないはずだ。喜兵寿は店の外にちらりと目をやる。
「小西様は毎日飲みに来てくれる人を待っとって。せやから今日お二人が来てくれたこと、さらにご自分の造った酒を『おいしい』と言うてくれたこと、ほんまにうれしかったと思います。ありがとうございます」
店主が深々と頭を下げる。
「表情には出てへんけど、めちゃくちゃ喜んでる思います」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
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