【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 79~クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ拾壱
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
前回のお話はこちら
第一話はこちら
酵母についての話は盛り上がり、気づけばとっぷり日が暮れていた。
「こんなにも楽しい時間はいつぶりだろうか」
夕陽差し込む畳の上で、小西は満足そうにひとつため息をつく。酵母の説明は途中から酒造り談議に代わり、最後はビールの醸造方法の説明になっていた。
「びいるという飲み物、ぜひ一度飲んでみたいものだ」
小西の言葉に、直は嬉しそうに頬を緩める。
「だったらさ、にっしーも一緒にビール造ろうぜ。ホップが手に入ったんだ、もうあとは醸造するだけ!俺が最高にうまいビール飲ませてやるよ」
「……いいのか?」
小西が小さく息をのむ。
「そりゃあもちろん!ま、下の町まで来てもらうことになるけどさ。喜兵寿の店広いし、にっしー一人ぐらい泊まれるだろ。な、喜兵寿」
喜兵寿は「お前が勝手に決めるな」と直を睨みつけつつも、
「狭く騒がしいところですが……もしよければ」
と小西に向かっては笑顔を向ける。
「びいるを飲んだのですが、あれはかつて体験したこともない衝撃的な味わいの酒でした。自分は酒に命を捧げると決めた身。正直、あの一口と出会えて本当に良かったと思っています」
小西はしばらく考えこんでいたが、姿勢を正すとまっすぐに二人に向かって言った。
「ワシもびいる造りに携わらせてほしい。いいだろうか?」
「もちろん!仲間は多いほうが楽しいってもんだ!一緒にビール造ろうぜ」
直は居ても立っても居られない、といった様子で立ち上がる。
「そうと決まったら早速出発だ!にっしーどのくらいで準備できる?」
「そう時間はかからんが……ちょっと待て、どうやって下の町まで行く?」
「樽廻船に乗せてもらうんだよ。にっしー一人ぐらい増えたってどうってことないだろ。ああ!もうすぐビールが造れると思うと、めちゃわくわくしてきたな。早く帰ろうぜ」
「ビール、ビール!」と興奮している直の頭を、喜兵寿が後ろからひっぱたく。
「お前はちょっと落ち着け。樽廻船に乗れるかどうかは、ねねに聞いてみないとわからないだろう?お前が決めるな」
「いってぇなあ」直はぶーたれながら、頭をさする。
「だったら今からねねに聞きにいこうぜ。確か今日会合があるって言ってだろ?まだこの近くにいるだろ」
「……会合」
小西がふと考えこむ。
「ひょっとして樽廻船というのは『新川屋』の船か?」
「そうそう!にっしーよくわかったな」
「そうか……」と小西の顔が曇る。
「ここにくるまでに大嵐にあった船だろう。寄港する前から、商人たちの間ではかなりの噂になっていたからな。どれほどの損失がでたのか、誰がどれだけ負担するのかなど、皆、血相を変えて話していた」
ねねは「なんとかなる」といった様子だったので、さほど心配はしていなかったが、事態はもっと深刻なようだった。喜兵寿と直は「まじか」と顔を見合わせる。
「今回の新川屋の樽廻船の損害は、かなりの額になったと聞いている。たしか依頼主は気性が荒い奴が多かったからな……物騒なことになっていなければいいが」
「……行こう、直」
喜兵寿が険しい顔で立ち上がる。
「ねねが心配だ」
「おうよ。それにしても水くさい奴だな~少しは俺らも頼ってくれりゃあいいのにな。ま、金はないし、腕っぷしも自信はまったくないけどさ」
直はぐうっと背伸びをする。
「ってことでにっしー、ちょっくら会合に行ってくるから、旅の準備しといてな」
部屋を出ていく二人の後を追うように、小西は立ち上がった。
「ワシも行こう」
驚いた顔の二人の横を抜け、小西は颯爽と玄関へと向かう。
「忘れたか?ワシはここいらの商人の頭。少しは役に立てると思うぞ?」
そういうと悪戯っぽく笑った。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します! 次回1月1日(水)はお休み。2025年1月8日に次話更新いたします
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。