【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 93~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾弐
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です
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村岡たちが突然やってきたこと、そして幸民によって座敷牢を出ることができたこと。直が麦を砕く傍らで、つるは一連の出来事を淡々と話した。
「師匠ナイス!かっこいい!」
直が口笛を吹く横で、「つらい思いをさせたな……」と喜兵寿はつるの手を取る。その細い手首には縄で縛られたあとがくっきりと残っていた。ところどころ擦れて、かさぶたになっているのがわかる。
「俺たちがつるを巻き込んでしまった。本当に申し訳ない……」
再び涙を浮かべる喜兵寿を見て、つるは「はぁ?!」と眉をひそめた。
「巻き込まれたつもりは全くないんだけど。わたしがびいるを造りたくて、ここにいるんだから。なに素っ頓狂なこといってんの」
そう言って喜兵寿の背中をばんっと叩く。
「わたしは生きてる。そして酒造りという夢をもうすぐ叶えることができる。最高じゃん」
つるの目はキラキラと力強い光で満ちていた。まっすぐに皆を見据え、にっこりと笑う。
「正直さ、もう終わりだなって思ったんだよね。刀を突き付けられて、座敷牢に入れられて」
湿っぽく、冷たい床を思い出しながら、つるは言う。
「真っ暗な中でさ、『あれもやりかった』『これもやっておけばよかった』っていろいろ浮かんできてね……でもやっぱり『酒を造りたかった』って一番強く思ったの。誰に反対されても、どんなに大変なことがあっても、わたしの夢はこれで、こんなにも強く求めていたんだって改めて気づいた」
その夢をもう少しで叶えることができたのに……悔しくて奥歯を噛みしめ泣いていた時、幸民があらわれたのだ。
「わたしは一度死んだと思ってる。だからもう後悔しないように生きる。女だから酒造りしちゃいけない、とかそんな馬鹿げた伝統もぶっ壊す」
つるは清々しく、そして堂々と言い放った。もとより強めの性格ではあったが、身体の中にさらに一本芯が通ったように見える。
「あと、あのくそ村岡もぶっ潰す」
鼻息荒く吐き捨てたつるを見て、直は思わず吹き出した。
「あはははは!お前かっこいいな!いいじゃんいいじゃん、やったろうぜ」
それに対し喜兵寿は「いや、つるは女なわけだし、さすがにもう危険なことは……」とおろおろとするばかり。
そんな喜兵寿をつるは鋭く睨みつけた。
「だからもう、『女だから』とかいらないんだって。お兄ちゃんは黙ってて」
「……うっ」
「あははは!喜兵寿怒られてやんの」
直は爆笑しながら、薬研を動かす手をとめた。
「ほら、麦芽粉砕終わったぜ」
そう言って一つまみの麦芽を手のひらに乗せる。
「つるのおかげで麦芽ができて、師匠とにっしーのおかげでホップも手に入った。これでビールができる」
思えばよくここまで来たものだ。ちょんまげと馬ばかりのこの時代で、モルトとホップがここにある。
「さ、ここからは楽しいビール造りの時間だ。最高の一杯をみんなで醸そうぜ!」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。