イタリアン・マリアージュ 〜2つのイタリアンが結ばれるとき(イベントレポート)
目次
2つのイタリアン
去る9月6日、練馬の住宅街に佇む一軒のワインバール。
白壁とレンガが印象的な外観のその店で、日本でもまだ片手で余るほどにしか試みられていないイベントが開催された。
「イタリアンクラフトビール」と「フルコースのイタリア料理」のマリアージュだ。
イタリアのビールを知っているだろうか? モレッティの名を挙げる人も多いだろう。しかし今回の主役は「クラフトビール」。
「イタリアには600を超すブルワリーが存在する。」そう語るアゴスティーノ氏は、Birrificio Italiano(ビリフィーチョ・イタリアーノ)のブリューマスターだ。今回、ビールの審査会での来日に合わせて本日のイベントを開催。「重鎮」来日として大々的に紹介されるアゴスティーノ氏。それもそのはず、彼のビール歴は長く、イタリアでまだクラフトビールが広く認知されていなかった1997年に、ロンバルディア州で最初のクラフトビール醸造所兼レストランをオープン。まさに第一人者というべき人物だ。
もうひとつのイタリアンも凄い。本日料理を振る舞う井本シェフは本場イタリアで修行を積んだ本格派。普段は熊本にいるが、今回のイベントで腕を振るってくれることになった。
この日、出自の違う2つのイタリアンが出会い、マリアージュはどう昇華していくのだろうか。
- マリアージュ・・・フランス語で「結婚」を意味する言葉。もともとワインと料理の「ペアリング」やその相性を指す言葉。最近では上質なビールと料理のペアリングも世界中で盛ん。
- ビリフィーチョ・・・イタリア語で「ビール(Birra)」と「仕事場/オフィス(ufficio)」を足し合わせた造語で、ビール醸造所を指す言葉。
料理とビールのマリアージュ
1.前菜 ANTIPASTO & ”DELIA”
連鎖するマリアージュ
本日の料理はフルコース形式。まずは前菜。”魚介のサラダ仕立て ウイキョウとオレンジの香り”。そして合わせるビールは、”DELIA”。
このビールには2つのエピソードがある。
1つ目は使われているホップ。「ポラリス」という名のそれは、ドイツ産のホップだが流通のルートに乗ったのはごく最近のことだ。つまり新種である。しかしアゴスティーノ氏は3年前からドイツの友人と交渉、というよりもポラリスの風味に魅せられてドイツまで出向き、ビール造りに使っていたという。ちなみに最近では湘南ビールや反射炉ビアでもこのポラリスを使ったIPAが登場しており、日本でも注目されているホップだ。
そして2つ目のエピソードは名前。実はこの”DELIA”、アゴスティーノ氏の彼女の名前なのだ。食事ははじまったばかりだが、いやはや、ごちそうさまな話。ビールのラベルもDELIAさんが描いたものだとか。
さっそくマリアージュ。魚介の凝縮された旨味にオイルとスパイスがからまっており、口の中が幸せになる。そこにビール。ファーストインプレッションは甘みがあるが、次第にホップの苦味が強く効いてくる。そして柑橘系のフレーバーも現れ、料理の香りと一体に。ビールの後味が切れるので、魚介の旨味がまた欲しくなるという連鎖するマリアージュだ。
2.リゾット PRIMI PIATTI & ”AMBER SHOCK”
似た者同士のマリアージュ
次のビールには、2つの料理がダンスの手を取った。今回はそのうちの1品目、リゾットとのマリアージュを紹介。
このマリアージュは一同が大絶賛。リゾットにはストラッキーノと呼ばれる柔らかく酸味のあるフレッシュチーズが練り込んであり、バターとも相まって濃厚なコクのある味わい。一方、”AMBER SHOCK”はドイツ発祥のドッペルボックにインスパイアされたビール。濃厚なのは当然だが、そこにアメリカンホップを使うことでオリジナルとは違う軽やかさも演出。このホップ感がまた、料理に用いられているタイムと相性が抜群。乳製品由来の濃厚さと、麦芽由来の濃厚さが肩を組み、隣ではホップとタイムが歌を奏でる。喩えるならそんなマリアージュだろうか。モモ肉のコンフィも絶品。リゾットとビールに無いクリスピーさを補完してくれる。
- ドッペルボック・・・ドイツ発祥のスタイルの1つ。アルコール度数の高い”ボック”をさらに上回る強いビール。パウラナー醸造所の”サルバトール”などが有名。
3.肉料理 SECONDA PIATTO & ”VUDU”
互いに尊敬しあうマリアージュ
いよいよメインの肉料理。ここに合わせるのは”VUDU”という意味深な名前のビール。由来を聞いてみると、「”VUDU”は、アルファベットの”W”(ヴー)とD”(デュ)を指していて、ヴァイツェン・デュンケルの略」なのだとか。グラスに注ぐと確かに、色は濃いがヴァイツェン特有のフルーティな香りが漂う。
肉は色も鮮やかな赤身。ヴァイツェンと言えばドイツビール、ドイツビールと言えば料理はソーセージでしょ、と思いがち。しかしこのマリアージュを体験すると先入観は払拭される。油の強い肉料理とキレの強いビールの組み合わせも勿論良いが、後味のしつこくないヴァイツェンと赤身の肉は非常にマッチする。料理の旨味を流し込むためのビールではなく、旨味を包みこんで異なる味同士を結びつけてくれる。おそらく、色の白いヴァイツェンだと赤身とのマリアージュはうまくいかない。麦芽の味を備えた”VUDU”だからこそ、肉の強い味を受け止めて、さらにフルーティな香りを印象づけることができるのだ。
- デュンケル・ヴァイツェン・・・ドイツ発祥のスタイルの1つ。通常のヴァイツェンは淡いゴールドだが、濃色麦芽を加えた焦げ茶色のヴァイツェン。デュンケルは英語のDarkに相当。
4.デザート DOLCE & ”FLEURETTE”
繊細なマリアージュ
モスカートは白桃のような味のする白ブドウ。そこにザバイオーネと呼ばれる”大人の”カスタードクリームを添えたドルチェ。”FLEURETTE”(フルレッテ)もいわば”大人の”ピルスナーだ。
その製法はとても複雑で、かつロマンティック。2つの酵母で1次、2次と発酵させるが、その際に蜂蜜、ニワトコの実(エルダーベリー)、黒胡椒、レモンやオレンジの花などを投入する。極めつけは、小さなバラの花をつぼみのまま発酵樽に投入するという、なんともイタリアらしい洒落たワザ。出来上がりの色合いはニワトコの実に由来するピンキーなオレンジ色。香りはこれまでのビールには無いスーパー・フローラル。バラの花を浮かべた浴槽にでもいるような。飲むとフルーツ過ぎることはなく甘さがフワッと広がり、やがて黒胡椒とホップのスパイシーさと苦味が立つ。
その刻一刻と変遷する味に、ドルチェをマリアージュ。モスカートの繊細な風味はまたビールとも違い、生の果実のみずみずしさが引き立つ。ザバイオーネの”こってり”とした甘さも、洗練されたビールの苦味と好対照をなす。素晴らしいマリアージュだ。
マリアージュのこれから
料理と酒を合わせる。それ自体は新しいことではない。和食と日本酒の文化は日本にも昔から存在した。ビールと料理のマリアージュが今日騒がれているのは、ある意味でビールがあまり料理を顧みずビールだけを見て進化したことに起因するのかもしれない。そんな中、今回のマリアージュはイタリアを知る2人が手掛けた贅沢な一夜だった。イタリア料理を想像しながらビールを造り、イタリアンビールを飲みながら料理を想像する。
翻って、日本のクラフトビールと料理の関係はどうかと考えてみると、正直なところ今回のイタリアン・マリアージュは羨ましい限りだ。ビールがヨーロッパから来たものであるせいか、まだまだ和食とビールの組み合わせは少ないように思う。ペアリングは見つけるもの。折しも和食は世界無形文化遺産へ登録されようとしている。この冬は鍋でもつつきながらビールに合う和食を考えてみたい。
————————
インフォメーション
醸造所:「Birrificio Italiano」
インポーター:(株)The Counter
イタリアンバール:「カンヴァス・ダ・ディエゴ」
併設店:「エノテカ・アリーチェ」
・・・今夜のイベントの舞台となったワインバールに併設された小売店。ワインを中心にチーズなども扱っている。勿論その一角には、イタリアンクラフトビールも居を構えている。
————————
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。