台湾のビールは薄いのか?(5)エピローグ―ビアエッセイ
台北の道路は相変わらずバイクに覆い尽くされている。
それは変わらぬ日常だったが、こちらはそう順調にはいかなかった。今日の昼過ぎには飛行機に乗って帰国するというのに、朝から結構なトラブルが発生してしまっていたのだ。トラブルは解決する見込みはあったが、恐らく今日は帰国できないだろう。
帰国できないとなると、それはそれでもちろん困ったことになる。パソコンは持ってきていたので、翌日の仕事はなんとか対応できるが、問題はホテルと航空券だ。台北市内を走り回ってトラブルをどうにか解決しつつ、旅行代理店に電話を何回もかけて、なんとか航空券は手配できた。
部屋の手配は直接ホテルのフロントに行って交渉した。フロントにいた女性従業員は少しだけ日本語ができるようだったので、日本語と中国語を交えつつ。こういう切羽詰まった状況だと、中国語ばかりは疲れる。
諸事情あって、どうしてももう1泊しなければいけない。できれば今の部屋でそのままもう1泊したいのだが、どうにかならないだろうか。そう伝えたが、その部屋で延泊できるかは、もうしばらくしないと確定できないとのこと。その間にまたトラブル解決のために台北市内を走り回る。
しばらくして、なんとかトラブルを解決でき、ホテルに戻った。かなり疲労していたのでロビーでだらしなく座っていると、先ほどのフロントの女性従業員が話しかけてきた。
「部屋の延泊、大丈夫です」
とりあえず、これで明日の帰国までは心配なくなった。普段の僕はあまり自分から話したりしないほうなのだが、この時はホッとしたせいか饒舌になってしまい、延泊の手続きをしてもらいながら、女性従業員としばらく話をしていた。結構一方的に。
といっても、何を話したかほとんど覚えていない。疲れていたときに中国語と日本語のミックスで会話をしたからか、他愛もない内容だったからか。ただ、どんな話の流れだったかは覚えていないが、東日本大震災の話をしたことは覚えている。台湾はどこの国よりも多く義援金を送ってくれて、日本を一番支援してくれたので、日本人としてお礼を言わねばなるまい、と思い、延泊の手続きのお礼も兼ねて彼女に伝えた。
彼女は、台湾がどこの国よりも日本を支援していたという事実を知らないようだったが、このホテルでも全従業員がそれぞれ1日分の給料を寄付したという。
「921があったでしょう」
921? 911ではなく921? 921が何のことかまったくわからなかった。
「1999年9月21日の大地震。あの時に日本が台湾を支援してくれたので、今度は台湾が支援してあげないと、と台湾人はみんな思っていたんですよ」
瞬間的に、14年前、台湾へ向かう飛行機で隣りに座ったおばちゃんを思い出した。おばちゃんとはそこまで深いつながりがあったわけではないが、その直前に台湾を旅行していたにも関わらず、当時の僕は寄付をするでもなくおばちゃんに連絡するでもなく、台湾に対して何も支援をしていなかった。
何でも感傷的になればいいというわけではないが、なんとも言い表せない気持ちが心に留まっていた。単純だが、今度台湾に何かあったら必ず支援しよう、普段から台湾のビールを飲むようにしよう、ああ、この旅でなぜ台湾のビールをもっと飲まなかったのだろう、などと思ってしまった。本当に単純だが、そう思ってしまったのだ。
延泊の手続きが終わって部屋に戻り、きれいに整えられていたベッドに倒れこむ。喉が渇いていたので水を飲もうと思い冷蔵庫を開けると、「台湾啤酒」が目に入った。そういえば、今回はクラフトビールばかりを追いかけていて、「台湾啤酒」は一切飲んでいなかった。14年前に薄いというイメージを持ったこのビールを、今この心理状態で飲んでみたら、果たして薄いと感じるのだろうか。
「台湾啤酒」を持ってしばらく考えてみたが、そのまま「台湾啤酒」を冷蔵庫に戻した。仮に薄かったとして、いや、薄くなかったとしても、それがなんだというのか。
そう思って水を一口飲むと、だんだん睡魔が襲ってきた。
(完)
台湾のビールは薄いのか?(1)プロローグ―ビアエッセイ
台湾のビールは薄いのか?(2)金色三麥―ビアエッセイ
台湾のビールは薄いのか?(3)Gordon Biersch―ビアエッセイ
台湾のビールは薄いのか?(4)Jolly―ビアエッセイ
台湾のビールは薄いのか?(5)エピローグ―ビアエッセイ
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