明治時代のラベルを復刻「多摩の恵 明治復刻地ビール」―ビアレポート(101)
今回ご紹介するのは石川酒造「多摩の恵 明治復刻地ビール」。
石川酒造は1863(文久3)年から日本酒を造っている酒蔵です。1888(明治21)年からはビールの醸造を開始し、「日本麦酒」という名称で販売していました。当時は「日本麦酒」という会社がいくつかありましたが、現在のサッポロビールの前身である「日本麦酒」とは別のものです。
この「明治復刻地ビール」は、
当時石川酒造が使用していたラベルを復刻し、明治時代主流であったエールビールを瓶詰し、明治復刻地ビールとしました。
(石川酒造株式会社ウェブサイトより)
とありますが、この当時石川酒造が製造していたビールはドイツ式でラガービールだったとのこと。明治になってから日本は政府、軍、法学、医学など様々な分野でイギリスからドイツに傾倒していくことになりますが、ビールもまた然り。明治初期にはイギリス式のエールが流行していましたが、石川酒造がビールを造り始めた頃(明治20年頃)はドイツビールが流行しはじめてきた頃でした。
ラベルを見てみましょう。多摩なのに海(湖?)と船が描かれていることには特に触れず、ラベル上部に書かれているアルファベットを見てみると…
KUMAGAWA, NISHITAMAGORI, MUSASHI, JAPAN
とあります。
「KUMAGAWA」は熊川村のことで、現在石川酒造がある福生市熊川という住所にも名残があります。「MUSASHI」は武蔵国ですが、はたして「NISHITAMAGORI」とは何なのでしょうか。
どうやらこれは「西多摩郡」のこと。現在も西多摩郡はありますが、現在の読み方と同じように「にしたまぐん」と読むのかと思ったら「にしたまごおり」と読んでいたんですね。調べてみると、701年に国郡里制ができてから「郡」が使われはじめ、その頃は「こおり」と読んでいました。それ以降「郡」は「こおり」と読んでおり、いつからか「ぐん」という読み方もされるように。「ぐん」とだけ読むのは1300年のうちのごく最近のようです。
さて、「明治復刻地ビール」ですが、注ぐとほんのりブドウを思わせるフルーティーな香りとともに焼きたてパンのような香りが立ち、茶褐色のボディにはほんの少しクリームがかった泡が。口に含むとカラメルのような甘味とかすかな酸味。苦味は瞬間的に感じますが、強くありません。実際に明治期のビールがどんな味だったのか確かめる術はありませんが、その頃の歴史上の人物たちもこのようなビールを飲んでいたのかも、と思いながら飲んでみるのもいいかもしれません。
【BEER DATA】
明治復刻地ビール
生産地:日本
醸造所:石川酒造
スタイル:不明
アルコール度数:5.5%
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。